- 三月新橋演舞場昼の部の感想
歌右衛門の政岡はここで実に丁寧な芝居を見せました
- 私版「玉三郎と歌右衛門」 その18
歌右衛門の玉手は「この時点ですでに枠組みからはみ出している」のです
- 私版「玉三郎と歌右衛門」 その6
歌右衛門が微妙を断った理由は、ただ単に白髪の老婆役を演じたくないという女形の心理ゆえかもしれないし、当時は脚がかなり悪くなっていて、「三悪道」で階段を上り下りしたり、小四郎を抱き上げたりする芝居が出来なくなっていたからかもしれません
- 歌舞伎座の思い出 平成8年
歌右衛門が昨年11月以来、5か月ぶりに出演しました
- 歌舞伎座の思い出 昭和62年
歌右衛門の瑶泉院は、こういう芝居だとこの人の近代的な所がナマな形で出ていました
- 追悼 七世中村芝翫
歌右衛。存命時には成駒屋の副将として、更に梅幸や雀右衛門という先輩女形役者がいたせいか、彼らの陰に隠れてしまってどちらかと言うと地味な人であったが、小柄であるにも関わらず舞台に立つと非常に大きさを感じた
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