コリドラス
gr digital ii 窓辺でたんぽぽを飼ってみた すばらしい! 他人に洗脳されるのはマズイことが多いかもしれないが 自分で自分を洗脳することには良いこともある これさえあれば今後どんなことがあっても生きていけると思うようなこと だが、 私の友人に限ったことかもしれないが そんなものはなくて ただ死ぬのが怖いから擦り切れたように寿命までたどり着くんだと言われた 人生をビデオカメラで四六時中撮影し、10年分撮り溜め 早送りで観たら、 ほとんど静止画と変わらなかったという人生か? 人生というナマモノを人間の四角四面な思考でひとつの形にしてしまった 人類が出現する前に まるで人間の定義がきちんと決まっているかのようだ 先んず定義が決まっているということは 言い方は悪いがなにかの為の道具のようでもある 難しいことを考えても仕方のないいつもの流れに流される ついに実現した あんみつと佗び草のコラボだ うまいっ! いつの間にか コリドラスステルバイとハイバンドアドルフォイを入れました やっぱり最終的にはこれを作るかな〜 paludarium
しょうゆラーメン
gr digital ii 昨日は 地方紙の1面 に前田敦子akb卒業って、 びっくらこいた いまのところ水草に狂っているんで何もかもが水草に見える 日本の 特に田舎のオバチャンたちは草むしりに生涯のかなりの部分を掛ける そう、 日本では草むしりによってその家柄や人格を査定されるのだ 草むしりを怠ると孫の代まで世間に後ろ指をさされるのだ? そのような光景を横目で見ながらあたしはあるひらめきが湧いた 人間に嫌われている?雑草を水草にしたら綺麗なのでは?と、、 しかしあそこまで雑草が嫌われる理由もなんだろう?と真剣に思う 水草なんて興味のない人にとっては雑草とたいして変わりゃしない 先祖代々引き継がれた草むしりの定着、これも一種の洗脳なのだろうか
MOCO'Sキッチン
gr digital ii アップルでは次の構想はwater plantsとipadの融合か? さて とても気分の波が激しい本日は佗び草の紹介です 以前に使っていたプラントグラスをよく水洗いします なんてことはない とってもお手軽で簡単です adaの佗び草をただプラントグラスに入れるだけです うん いいじゃない そして本日のmoco sキッチンじゃなくてdamsel s キッチンは ホタテとブロッコリーのパスタ ベースはペペロンチーノです そこに茹でたブロッコリーと オリーブオイルでレア気味にソテーしておいたホタテをトッピングするだけです あとベーコン少々 お好みで水牛のモッツァレラをかけてもいいと思います ウマッ! 陽あたりの良い窓辺に置いて朝晩に霧吹きすればok 3月の風は冷たくて寒い どこの職場にでもいる性悪女のどこまでも意地の悪いイジメのよう 職場の異動や学生たちの動きが この季節感と相まって そうでなくとも不安で落ちつかない層の人々の心臓を直撃する 手が冷たい なんとか筒美京平さんのメロディーを口ずさみながら 時間だけは過ぎていく やっぱり筒美メロディーが好き 郷ひろみわるい誘惑
バレンタイン
gr digital ii あいにく暗い雨もようのバレンタインデーだ 私の体調も戻らない 昨日早々に バレンタインおたのしみ会の中止をマリーに伝えた 雨天決行の予定だったが仕方ない 男女の色恋の無い世界を想像してみた アカン 子孫繁栄どころの話じゃない 人類は男女の色恋で成り立っているのか? いやたしかに それは基本であることには違いない 僕の同級生は50を超えたが 未だに奥さんをもらって子供が欲しいと会う度に言う だが彼は女性とそのようなキッカケを持つというふるまいに 極端に苦手だ 画的には傍から見ると大したことではないのだが 本人が言うには 死を選ぶことと同等の大したことだという 各自の持って生まれた性格の振り分けの不可思議 この自分は他人ではない、という性格の振り分けの不可思議 性格の振り分けがあって 良くも悪くも なんとか退屈という流れに行かないよう 仕向けられる?不可思議 バレンタインぐらいは偏屈な話はしないでとマリーに怒られそう sandy s sexy valentine
月影のナポリ
gr digital ii ラテにはまったく興味がなかったが やっぱりこの時期は温かいカフェラテがいいと思って ここ1月ぐらいからスチーミングの練習をしている 牛乳の選択がとても左右することも知った 数種類試してみたけど今のところこれ がとてもシルキーなアワアワになる そろそろ豆も切れるんで今年初の焙煎をした フライパンを揺すっているのでブレはご勘弁 先日も書いたが 弱火で時間をゆったりとかけて煎らないと腰のあるクレマが立たない 気をつけることはそれだけであとはいい加減にやっている 若い頃の偏執狂的なこだわりには終止符を打った 趣味が75パーセントを超えると本末転倒な事態に陥るわたし
許し
gr digital ii 元旦にラテを飲んでその後あっけ無く破局してしまったボクとマリー どうしても ある一点が煮えくり返らない私の性格の問題である ズボラと神経質の中間を取れないで苦しむ病だ この世を司っている不可思議な生まれながらの役割分担 映画やテレビドラマでは監督が決めるという単純なことだが 我々が現実と言っているこの世は それは何者が決めているのだろうか? 職場で色んな人がいたり、 あるいは政治家を罵倒したりするけれども ほんとうは そんなこんなでこの世がズルズルと存続させられる ということは知っているはずだ 色んな人がいてあたりまえということは 映画を観るよりも単純であることは知っているはずじゃないの 人類みな天使なんてことないから この世という次元の範囲を生きている 生きているという感覚も 人間の認識範囲で感じている事柄である そんなことは哲学者に任せておくか キリがないので 通常 視覚に入ってくる光景のような営みに紛れ込んでいく
由紀さおり1969
gr digital ii 今 人類が抱え込んでいる苦悩の原因はいたって簡単かもしれない 人類としての明確な目的というものはないので 歴史という気の遠くなるような時間を 言い方は悪いが各自の暇をどう使うか? わかりやすく言えば 「君は大きくなったら何になりたいの?」 という各個人の目的を生きるということでここまで来て 収集がつかなくなってしまったということではなかろうか? そう思う今日この頃です
笑ったマリア
gr digital ii 微笑んでいるマリアは見るけど 笑ったマリアは見ないな〜 クリスマスでももの淋しげだ 淋しさが まるで万物の思考できるもの達の基準であるかのように そりゃそうだろう のっぺらぼうな宇宙ではあまりにも淋しすぎるってんで それで創ってしまった?って感じだもの あらゆるエネルギーの根本的起動力は淋しさなのかもしれない ひとまず孫たちのクリスマスプレゼントを買いに行こう でかい出費になっちまった 無宗教であろうがクリスチャンであろうが しあわせは望まなくとも 理解不能な苦痛だけは勘弁願いたいと祈りたいであろう 我々思考できるものの限界である 運命という不可思議な現象と共に過ぎていくだけなのだろうか 毎年定番の bing crosby david bowie ~ little drummer boy