- 田島征三、大いに語る
その後、別の会社から7冊もので出しましたが、旬と言うものがあるのか、それほど売れません
- 朱(あけ)と菁(せい)の会展(於 緑風舎)
その鞄の彫りがとても気になって見ていたら、「浮かし、沈め彫り」を駆使した高度な技術のものだということを、先生が説明してくださいました
- 「碧川道夫」のこと・・・カラー映画の草分け (46)
「かた」は、龍野において三木家に嫁いでいたが、夫の遊楽が止まず、舅の三木制の勧めもあって、長男操(のちの詩人三木露風)をおいて、二男勉を背に鳥取に帰ることになった
鳥取に帰ったかたは、その後養父が鳥取県出身学生の「久松学舎」の舎監になって、東京住むことになったので東京に出た
|