- 神を拒む人の姿 1
つまり、救いを必要としている存在だからなのです
- 魂の所在
つまり、私の肉体に私自身であると認識させるのは別に本来の私自身である必要は無いというわけです
- 10年10月の本
つまりルート−1は、追加としてそれでも存在するということです
- 地球から広がる空間について、その8
つまり、ほんとうは二人で一人であって、個体が独立して存在しているように考えるのは誤りだということ
- 「人間は自由の刑に処せられている」その1
つまり、不分明な自分という「実存(=存在)」が先にあり、その後に「本質」が出来る訳ですから、サルトルは、それを「実存(=存在)は本質に先立つ」と表現したようです
|