- 身延山枝垂桜の春が来て妙法蓮華経邪心戒む
そこで、土曜は六義園、小石川後楽園、昨日日曜は身延山の枝垂桜見物
- 六義園の「枝垂れ夜桜」
この名木が、樹齢何年であるか分かりませんが、私が、今、話を進めている我家に縁ある「仁三郎」「たみ」が生きていた、江戸後期頃から昭和初期に掛けては、お花見と言うのは如何であったのでしょう? 今日の日経新聞のプラス1に、江戸時代の花見の様子を浮世絵にした事が載っていましたが、江戸の時代から、いやそれよりも前から、さくらは日本人にとって、欠くことの出来ない春の「示し事」だったのでしょう! 小石川後楽園・六義園は共に当時公開されては居らず、近くを歩けば、桜の木の上部は、見えたのではないかと思うと、そこに二人が立ち、共に「伊。利」の未来を語り合ったのではないかと思うと「物言わぬ桜よ!」「どうぞ!」その賑やかさと品の良さで二人を末永く見守って欲しいと願わずには居られない
- 梅と桜
小石川後楽園へ行きました
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