- 何故ケーニヒスグレーツか
プロイセンは首都に対してそこまでは思いつめない
- 転職の理由
プロイセン大勝を受けた戦後処理で王国断絶となり、王はウィーンへ亡命したので、宮廷楽団の雇い主が居なくなったということだ
- ヘッセン大公国
プロイセンのすぐ南のザクセンは、フランスからの横槍によって、併合をあきらめた
- 悪運
プロイセンはいわば引き分けに持ち込んだ
- 北ドイツ連邦
プロイセン国王は「連邦議長」という肩書き
- 市営切手
プロイセンは11月15日に発行にこぎつけた
- 普仏戦争
プロイセン国内の鉄道網の急速な発展は偶然ではない
- 2人の息子
プロイセン近衛騎兵師団は仏カンロベール軍団と交戦し、多数の死傷者を出した
- モムゼン
プロイセンの国会議員を長く務めた
- サドヴァの屈辱
プロイセンが追い詰められたところに、仲裁に入ってオーストリアに恩を売りつつあわよくばライン川一帯の領土を割譲させるという青写真だ
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