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種田山頭火と尾崎放哉 「淋しい顔」
種田山頭火 あるいてさみしい顔を小供にのぞかれて さみしい顔が更けてゐる 水もさみしい顔を洗ふ 尾崎放哉 女と淋しい顔して温泉の村のお正月 草花に淋しい顔をよする児よ 淋しい顔した二人で道で逢つて居る
種田山頭火と尾崎放哉 「まんま」
種田山頭火 うらみちは夏草が通れなくしたまんま 炎天の虫つるんだまんま殺された 軒も傾いたまんま住んでゐる 尾崎放哉 赤ン坊がほり出されたまんまで太つて行く 一日青空のまんまで暮れ切る 曇つたまんまで夕陽をかつと見せてくれた 下駄のまんまざぶざぶ海には入つて洗ふ 腰を下ろした石のまんまで暮れとる 水車一つ廻らせて昔しのまんまだ 迷つて来たまんまの犬で居る 破れたまんまの障子で夏になつてゐる
種田山頭火と尾崎放哉 「寺の銀杏」「寺の松」
種田山頭火 お寺の銀杏も芽ぐんでしんかん お寺の大銀杏散るだけ散つた 松のお寺のしぐれとなつて 尾崎放哉 公孫樹が散る寺から使ひが来た 松ばかりの大寺の冬
種田山頭火と尾崎放哉 「寺」
種田山頭火 お寺はしづかなぎんなん拾ふ お寺の竹の子竹になつた 尾崎放哉 寺はがらんとして今日の落つる陽ある 時計が動いている寺の荒れている 古下駄洗つて居るお寺はたれも来ぬ 番傘ひらいては干す新緑の寺のしゞま 門をしめる大きな音さしてお寺が寝る 雪のお寺に美くしい児が居た
種田山頭火と尾崎放哉 「経」「念彼観音力」
種田山頭火 お経あげてお米もらうて百舌鳥ないて お経あげてお墓をめぐる お経とゞかないヂヤズの騒音 これでも生活(くらし)のお経あげてゐる ヂヤズとお経とこんがらがつて 読経流れて木立いつせいにそよぎけり まづ水を飲みそれからお経を 念彼観音力洞門をくぐる 尾崎放哉 朝の机ふくやひやひや経文 お経よむ気にもなれず米とぐ日ある 風邪を引いてお経あげずに居ればしんかん 般若心経となへ去る朝の第一燈 念彼観音力風音のまま夜となる
種田山頭火と尾崎放哉 「犬がついてくる」「犬がひく」
種田山頭火 どこで泊らう暑苦しう犬がついてくる 重荷おもけど人がひく犬がひく 尾崎放哉 山に芋を掘りに行く犬がついて来る 犬が一生懸命にひく車に見とれる
種田山頭火と尾崎放哉 「心放つ」「心触れる」
種田山頭火 なぐさまないこゝろを山のみどりへはなつ ぬかるみ、こゝろ触れあうてゆく 尾崎放哉 何か求むる心海へ放つ 傘さしかけて心寄り添へる
種田山頭火と尾崎放哉 「顔がある」「顔が集まる」
種田山頭火 ふと酔ひざめの顔があるバケツの水 夕べの食へない顔があつまつてくる 尾崎放哉 元日の灯に家内中の顔がある 旅立つ朝の妻の顔がある竈の火 上天気の顔が集まつて来る
種田山頭火と尾崎放哉 「わが影」「花の影」
種田山頭火 ゆふべうごくは自分の影か 活けられしまゝ開く芍薬に日影這へり 尾崎放哉 つくづく淋しい我が影よ動かして見る つめたく咲き出でし花のその影
種田山頭火と尾崎放哉 「今日の陽」「今日一日は」
種田山頭火 今日の陽もかたむいたひよろひよろ松の木 今日一日はものいふこともなかつたみぞれ 尾崎放哉 今日も夕陽の大松が斜に出てゐる 今日一日は七輪に火をせなんだまゝ
種田山頭火と尾崎放哉 「我が家」
種田山頭火 冴えかえる水音をのぼれば我が家 そこらに大根ぶらさげることも我が家らしく 泣いて戻りし子には明るきわが家の灯 尾崎放哉 雨のわが家に妻は居りけり 大霜のわが家ばかり 名刺を張つてわが家とす わが家近くなり児が駆け出す わが家のうしろで鍬ふるふあるじである わが家の冬木二三本 わが家の雪ふりつもる
種田山頭火と尾崎放哉 「山がどつしり」「ゆつくり歩く」
種田山頭火 月あかりして山が山がどつしり すみれたんぽぽゆつくりあるく 尾崎放哉 降りつづく山山どつしり座れり 小雨の波打際をゆつくり歩く
種田山頭火と尾崎放哉 「枯枝ぽきぽき」「筍すくすく」
種田山頭火 枯枝ぽきぽきおもふことなく すくすくと筍のひたすら伸びる 尾崎放哉 枯枝ぽきぽき折つて焚く 筍すくすくのび行く我が窓である
種田山頭火と尾崎放哉 「堂」
種田山頭火 梅雨の満月が本堂のうしろから 法堂あけはなつあけはなたれてゐる 松風のみちがみちびいて大師堂 御堂のさびも春のさゞなみ 尾崎放哉 秋風のお堂で顔が一つ あすは雨らしい青葉の中の堂を閉める 雨に降りつめられて暮るる外なし御堂 絵馬堂にのびあがり見し海なりしが お堂浅くて落葉ふりこむさへ お堂しめて居る雀がたんともどつて来る 上天気の顔一つ置いてお堂 雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る 春浅き恋もあるべし籠り堂 本堂に上る土足や秋の風 本堂に遠き心や行水す めつきり朝がつめたいお堂の戸をあける
種田山頭火と尾崎放哉 「泣く子に灯火」「泣き笑い」
種田山頭火 泣いて戻りし子には明るきわが家の灯 たまたま逢へた顔が泣き笑うてゐる 尾崎放哉 途に児等は泣くどの家にも燈火 笑へば泣くやうに見える顔よりほかなかつた
種田山頭火と尾崎放哉 「野良犬」「小犬」
種田山頭火 濡れて尾をたれて野良犬のさみだれ 吠えて親しい小犬であつた 尾崎放哉 のら犬の背の毛の秋風に立つさへ 白い小犬がどこ迄も一疋ついてくる
種田山頭火と尾崎放哉 「山寺」
種田山頭火 秋風の木の皮がはげる山寺 山寺かさこそ粟を量るらしい音させて 山寺のしづけさは青栗もおちたまゝ 山寺の猫夜中虫とつて来てあそぶ 山寺の山柿のうれたまゝ 尾崎放哉 ひねもすどこやら水音がして山寺なりけり 山寺灯されて見て通る
種田山頭火と尾崎放哉 「酒を買ふ」「豆腐買ふ」
種田山頭火 酒を買ふとて踏んでゆく落。鳴ります 三日月、おとうふ買うてもどる 尾崎放哉 草履ぺたぺた晩の酒買ひに来る 高下。傘さして豆腐買ひに行くなり
種田山頭火と尾崎放哉 「……よろしく」
種田山頭火 霧雨しくしく濡れるもよろしく せなかにぬくい日のあたりどこでもよろしく 水あり飲めばおいしく洗ふによろしく 尾崎放哉 熱の眼に黄な花の朝よろしく
種田山頭火と尾崎放哉 「それだけ」「寝るだけ」
種田山頭火 枯れた山に日があたりそれだけ 蠅がなく、それだけか 寝るだけが楽しみの寝床だけはある 尾崎放哉 枯れあし明けて居るそれだけ 寝るだけの火鉢にまた戻つて来た
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