- 叡知の哲学・・3
それでは「井筒俊彦」自身の 「観照的体験 」とでも呼ぶべき「原体験」とは何だったのだろうか
- 叡知の哲学・・32
そのために 井筒が行った方法とは 、「西洋と東洋の深層における対決」 と 「対話」 というものであった
- 叡知の哲学・・31
このような「グローバリズム」を井筒氏は次のように定義する
- 叡知の哲学・・25
その点、1979年の1月の末、イラン革命の前夜のこと、井筒俊彦がテヘラン空港から乗った救出機の座席で 「これからは東洋哲学をめぐる自分の思想を、日本語で展開し、日本語で表現してみよう、という決心とも希望ともつかぬ憶い」 を抱いたことは注目に値する
- 叡知の哲学・・17
それではベルクソンの言う 「完全な神秘主義」 への到達は如何にして可能なのだろうか
|